翁長知事が激やせはいつから&病院はどこ?辺野古移設や沖縄平和宣言の全文内容も!




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2018年5月にがんを公表し、治療を続けていた沖縄の翁長知事。8月8日の午後7時までに亡くなられました。治療をつづけながらの公務で、7日に容体が急変し病院に運ばれました。8日の午後5時頃には意識が白濁状態というニュースがありましたが、その後悪化し67歳の若さで亡くなられました。

翁長知事といえば沖縄で米軍普天間飛行場の返還に伴う名護市辺野古への新基地建設への反対を訴え、2014年の県知事選で初当選。新基地建設反対を最後まで貫いた方です。心よりご冥福を申し上げます。



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翁長知事の経歴や激やせの理由は?

翁長知事は1950年生まれの那覇市出身です。85年に那覇市議に初当選し2期、その後県議を2期、2000年から那覇市長を4期14年務めました。2014年に県知事選に当選します。

翁長知事はすい臓がんの闘病のために激やせしていました。

今年4月に膵臓に腫瘍が見つかり、切除手術。5月に退院し、体調を見ながら公務を続けていました。病院は浦添総合病院でした。

ではこのすい臓がんですが、どんな病気なのでしょうか?

実は検査で発見しにくく早期発見が難しいとされています

記者 消化を助ける膵液(すいえき)や、血糖値(けっとうち)を調節するインスリンなどのホルモンを分泌(ぶんぴつ)する器官(きかん)が膵臓です。膵臓がんは、この分泌液が通る膵管(すいかん)などにできますが、早期発見が難しいとされています。

 Q どうして?

 A 胃の裏側に当たる体の奥にあり、検査がしづらく、がんになった後の自覚症状も出にくいためです。がんの治療成績を判断する指標の一つの「5年相対(そうたい)生存率」は他のがんより低めで、全国がんセンター協議会の2017年集計では、がんが膵臓内にとどまっていれば41・2%ですが、離れた臓器に転移(てんい)していると1・4%まで下がってしまいます。

 Q かかる人は多いの?

 A 国立がん研究センターが運営するサイトによると、1年間に膵臓がんと新たに診断される人は男性が10万人当たり29・1人、女性が25・5人で、60歳ごろから増えます。標準的な治療法には、手術▽化学療法(かがくりょうほう)▽放射線(ほうしゃせん)治療--があり、がんの大きさや広がり、転移などの病気の進み具合や体の状態から、治療法を決めます。翁長知事は手術で腫瘍(しゅよう)を切除し、今後は抗がん剤治療などを受けるそうです。

 Q 何に気をつければいい?

 A 胃もたれのような腹部の不快感があったらすぐに受診してください。くん製や加工肉の食べ過ぎ、アルコール、喫煙(きつえん)や肥満(ひまん)はリスクを上げるので気をつけましょう。がん研有明病院の斎浦(さいうら)明夫・肝胆膵(かんたんすい)外科部長は「糖尿病(とうにょうびょう)になったり、急に悪くなったりした時は、がんが隠れているかもしれないので要注意。人間ドックなどを利用して、膵臓の超音波(ちょうおんぱ)やコンピューター断層撮影装置(だんそうさつえいそうち)(CT)、磁気共鳴画像化(じききょうめいがぞうか)装置(MRI)の検査を受けるといい」と話しています。(医療福祉部)

翁長知事は1950年生まれ、那覇市出身。

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への県内移設計画に反対し、膵(すい)がんの治療を受けながら公務を続けてきた沖縄県の翁長雄志(おなが・たけし)知事が8日、同県浦添市内の病院で死去した。67歳。今年5月にがんを公表し、治療を続けていたが、7日に容体が急変した沖縄県知事の翁長雄志氏が8日午後7時までに、膵臓(すいぞう)がんのため入院中の浦添総合病院で死去したことが分かった。67歳だった。

辺野古新基地反対の内容は?

 沖縄県宜野湾(ぎのわん)市にある米海兵隊の普天間飛行場を名護市辺野古に移す日米両政府の計画のことで、1995年に米兵3人による少女暴行事件が起きたことで基地の整理・縮小を求める沖縄の声が高まり、96年に宜野湾市の真ん中にある普天間飛行場を返還することで合意しました。

ただ、県内に代わりの基地を造るのが条件で、最終的に辺野古が選ばれたのです。

 Q どんな計画なの?

 A 辺野古沿岸部の海約160ヘクタールを土砂で埋め立てて、長さ1800メートルのV字形滑走路2本を整備します。強襲揚陸艦(きょうしゅうようりくかん)が接岸できる護岸や航空機に弾薬を搭載するエリアなど、今の飛行場にない機能も加わります。埋め立ての土砂は東京ドーム17個分の約2100万立方メートルにもなり、埋め立て完了まで5年としています。

 Q 今、工事はどこまで進んでいるの?

 A 前知事が2013年12月に辺野古の埋め立てを承認し、政府は15年10月に本体工事に着手しました。17年4月には埋め立てに向けた護岸工事も始め、少し完成しています。一方で移設阻止を公約に掲げる翁長雄志知事が埋め立て承認を取り消して一時工事がストップしたほか、移設反対の人たちが現地で抗議活動を続けています。

 Q なぜ沖縄では反基地感情が強いの?

 A 全国の0・6%の面積しかない沖縄には在日米軍専用施設の約70%が集中しています。戦後73年となった今でも、基地があるがゆえに起きる米軍機の事故や米軍関係者の事件はなくなりません。「安全保障の負担は全国が平等にすべきだ」という思いが根底にあるのです。(那覇支局)

引用:https://mainichi.jp/articles/20180206/ddm/003/070/189000c?inb=ys

翁長知事の平和宣言の内容は?

沖縄慰霊の日、沖縄前線没者追悼式で平和宣言を読み上げました。

場所は沖縄県糸満市2018年6月23日です。

こちらがその全文です。

二十数万人余の尊い命を奪い去った地上戦が繰り広げられてから、73年目となる6月23日を迎えました。

 私たちは、この悲惨な体験から戦争の愚かさ、命の尊さという教訓を学び、平和を希求する「沖縄のこころ」を大事に今日を生きています。

 戦後焼け野原となった沖縄で、私たちはこの「沖縄のこころ」をよりどころとして、復興と発展の道を力強く歩んできました。

 しかしながら、戦後実に73年を経た現在においても、日本の国土面積の約0.6%にすぎないこの沖縄に、米軍専用施設面積の約70.3%が存在し続けており、県民は、広大な米軍基地から派生する事件・事故、騒音をはじめとする環境問題等に苦しみ、悩まされ続けています。

 昨今、東アジアをめぐる安全保障環境は、大きく変化しており、先日の、米朝首脳会談においても、朝鮮半島の非核化への取り組みや平和体制の構築について共同声明が発表されるなど緊張緩和に向けた動きがはじまっています。

 平和を求める大きな流れの中にあっても、20年以上も前に合意した辺野古への移設が普天間飛行場問題の唯一の解決策と言えるのでしょうか。日米両政府は現行計画を見直すべきではないでしょうか。民意を顧みず工事が進められている辺野古新基地建設については、沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりではなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行していると言わざるを得ず、全く容認できるものではありません。「辺野古に新基地を造らせない」という私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません。

 これまで、歴代の沖縄県知事が何度も訴えてきたとおり、沖縄の米軍基地問題は、日本全体の安全保障の問題であり、国民全体で負担すべきものであります。国民の皆様には、沖縄の基地の現状や日米安全保障体制の在り方について、真摯(しんし)に考えていただきたいと願っています。

 東アジアでの対話の進展の一方で、依然として世界では、地域紛争やテロなどにより、人権侵害、難民、飢餓、貧困などの多くの問題が山積しています。

 世界中の人々が、民族や宗教、そして価値観の違いを乗り越えて、強い意志で平和を求め協力して取り組んでいかなければなりません。

 かつて沖縄は「万国津梁(しんりょう)」の精神の下、アジアの国々との交易や交流を通し、平和的共存共栄の時代を歩んできた歴史があります。

 そして、現在の沖縄は、アジアのダイナミズムを取り込むことによって、再び、アジアの国々を絆(つな)ぐことができる素地ができてきており、日本とアジアの架橋(かけはし)としての役割を担うことが期待されています。

 その期待に応えられるよう、私たち沖縄県民は、アジア地域の発展と平和の実現に向け、沖縄が誇るソフトパワーなどの強みを発揮していくとともに、沖縄戦の悲惨な実相や教訓を正しく次世代に伝えていくことで、一層、国際社会に貢献する役割を果たしていかなければなりません。

 本日、慰霊の日に当たり、犠牲になられた全ての御霊(みたま)に心から哀悼の誠を捧(ささ)げるとともに、恒久平和を希求する「沖縄のこころ」を世界に伝え、未来を担う子や孫が心穏やかに笑顔で暮らせる「平和で誇りある豊かな沖縄」を築くため、全力で取り組んでいく決意をここに宣言します。

引用:https://mainichi.jp/articles/20180624/k00/00m/040/031000c?inb=ys



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