EXITの兼近大樹さんは、その笑顔からは想像もつかないほどの壮絶な過去を持っているのをご存じでしょうか?彼の人生は、まるで映画のようなドラマチックな展開を見せてきました。また、兼近大樹さんが母親に送ったプレゼントについても話題になっています。

今回の記事では、兼近さんがどのようにして困難を乗り越え、現在の地位を築き上げたのかを掘り下げていきます。

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兼近大樹プロフィール

  • 名前:兼近 大樹(かねちか だいき)
  • 生年月日:1991年5月11日
  • 出身地:北海道札幌市北区
  • 血液型:O型
  • 身長:172cm
  • 体重:60kg
  • 芸歴:2013年 –
  • 所属事務所:吉本興業

兼近大樹さんは1991年5月11日、北海道札幌市北区・新川で4人きょうだいの3番目として生まれました。 

兼近大樹の壮絶すぎる生い立ちエピソードとは?

兼近大樹さんは今でこそお笑い界で成功を収めていますが、その背後には過去の困難な状況がありました。兼近大樹さんの壮絶な生い立ちについていくつかのエピソードを紹介します。

野球強豪校からの推薦を断った

小学生のころから野球一筋で、放課後はいつもグラウンドにいる少年だった兼近さん。中学時代には札幌市の大会で優勝経験もあり、「このままいけば強豪校でレギュラーも夢じゃない」と周囲から期待されるほどの実力がありました。

実際に、地元でも名の知れた野球強豪校から声がかかり、推薦での進学という“エリートコース”が目の前にぶら下がります。
普通なら迷わず飛びつきたくなる話ですが、当時の兼近家は父の会社倒産や両親の離婚などで家計が厳しく、母親が昼も夜も働いてなんとか生活を回している状態でした。そんな状況を目の当たりにしていたからこそ、「自分だけ夢を追っていていいのか」という葛藤が生まれます。
そこで、あえて「野球に冷めたふり」をして、周囲には「もう野球はいい」と言いながら、家を支えるために進学よりも働くことを選んだと言われています。

本当はまだ野球を続けたかった気持ちを押し殺し、夢よりも現実を優先したこの決断が、彼の人生の最初の壮絶な選択だったと言えるでしょう。

定時制高校を中退

高校進学のタイミングでも、家計をどう支えるかという問題は常につきまとっていました。全日制高校に通えば、日中は授業で拘束されるため、フルタイムで働くことは難しくなります。

そこで兼近さんが選んだのが、夜間に授業が行われる定時制高校。昼間はアルバイトをして家にお金を入れ、夜になったら学校へ向かうという、働きながら学ぶ道を選びます。

しかし現実は想像以上に厳しく、肉体的にも精神的にも負担が大きい生活でした。
家計を支えるためにはシフトを削るわけにもいかず、仕事を優先すれば授業や課題がおろそかになってしまう。逆に学校を優先すると、今度は家計が立ち行かなくなる、その板挟みが続きます。

最終的には、兼近さんは家族を優先するという選択を取り、定時制高校を中退する道を選んだとされています。
勉強したくないから辞めたのではなく、働かないと家が回らないというギリギリの状況の中で出した苦渋の決断だったからこそ、この中退もまた、彼の生い立ちを象徴する壮絶なエピソードのひとつになっています。

クリスマスの置き手紙

幼いころ、クリスマスの朝に目を覚ました兼近さん。枕元にはプレゼントの箱ではなく、紙切れが一枚置いてあったと言います。

そこに書かれていたのは、サンタクロースからのメッセージのような、短い置き手紙。「今年はプレゼントを届けられませんでした」そんな趣旨の内容だったとされ、子ども心にも「うちはみんなと少し違うんだ」とうすうす感じるきっかけになった出来事だったと語っています。

本当は、プレゼントを用意できるお金が家になかっただけ。それでも、何もないよりはと、せめてサンタからのメッセージという形で子どもをガッカリさせないようにした親心がにじんでいます。

もやしパーティー

お金がなかったころの食卓に、頻繁に登場していたのが「もやし」。安くて量が多く、腹を満たせる食材として、家計が苦しい家庭には欠かせない存在でした。

ある日、冷蔵庫の中にはほとんど何もなく、あるのは大量のもやしだけ。
普通なら「今日のご飯、これだけか…」と暗い空気になってもおかしくない状況ですが、兼近家はそこで発想を変えます。

「じゃあ今日はもやしパーティーにしよう」茹でたもやしを大皿に盛り、家にある調味料を総動員。しょうゆ、マヨネーズ、塩こしょう、ポン酢…何種類もの味付けを試しながら、「どの味が一番うまいか選手権」を家族で楽しんだという話が残っています。

EXIT兼近大樹が母に贈った“破格プレゼント”とは?

兼近さんは貧困家庭で育った自分が、幼少期からずっと苦労をかけ続けた母親に対し、自分がちゃんと売れた証として母親に住むためのマンションを買ってプレゼントしたと公表しています。

参考サイト:ABEMA

このマンションは、これまでボロボロの家や古い一軒家で暮らしてきた母が安心して暮らせる場所を用意したいという思いで購入したものとされ、番組やネットニュースでも破格のプレゼントとして話題になりました。 

兼近さんは自身の誕生日を「自分を産んでくれた母を祝う日」 と語り、誕生日には母と食事に行くことをSNSで報告するなど、兼近大樹さんの母親とのエピソードを語り2人の関係性の強さが一層伝わってきますね。

【兼近家】父の会社が倒産?クワガタにつぎ込む父

EXIT兼近大樹さんの父・勇治さんは、北海道で建設会社を経営していました。

しかし会社は倒産してしまい、一家の生活はそこから一気に苦しくなったといわれています。 

会社が苦しくなった理由として語られるのが、父の“クワガタ愛”です。趣味の範囲を大きく超えるレベルでクワガタ収集にハマり、標本や採集のためにかなりの金額を使い込んでいたといわれています。 

クワガタ関連の出費が合計で数千万円規模にのぼったとするエピソードもあり、家計を圧迫する大きな要因になっていたそうです。

兼近は売春で前科持ちって本当?

売春行為をしたわけではなく、兼近さんは売春を斡旋したとして「売春防止法違反」で逮捕されたことがありますが、その後罰金刑を受けて罪を償いました。

10代で踏み込んでしまった“グレーな仕事”

中学卒業後、家計を支えるために必死で働いていた兼近さんは、仕事仲間を通じて“楽に稼げる仕事”にも誘われるようになります。
その中で関わってしまったのが、売春の現場にかかわる仕事で、本人は用心棒のような立場でお金を受け取っていたとされています。

結果として売春防止法違反に問われ、逮捕・罰金刑という形で前科がつきました。

自分から過去を明かした理由

芸人として知られるようになってから、兼近さんはこの前科を自分の口で公表しています。隠し通すこともできたかもしれませんが、バレてから言い訳するより、最初から自分で話したいと考えたと語っています。

当然、批判や不信感の声は多く、なぜそんなことをしたのかと問われ続けることにもなりました。それでもテレビや本で何度も同じ話をし、環境のせいだけではなく、自分の選択の結果だったと向き合い続けているのが印象的です。

ルフィ事件で再び注目された過去

のちに世間を騒がせた「ルフィ事件」で、過去に知り合いだった人物が指示役と報じられたことから、兼近さんの名前も再び取り沙汰されました。
警察から事情聴取を受けたものの、強盗・窃盗事件への直接の関与は認められていません。

ただ、過去にそうした人物とつながりがあったという事実だけでも、世間の目は一段と厳しくなります。それでも彼は、いつもの口調のまま逃げずに説明し、過去をきれいに塗り替えることはしないという姿勢を貫いています。

更生を“言葉”と“行動”で示そうとしている現在

前科があることは一生消えませんが、それでも兼近さんはこれからの生き方で示すしかないと考えているように見えます。
チャリティーやボランティア、若者に向けたメッセージ性の強い仕事などを通じて、「同じ道を選ばないでほしい」という思いを発信し続けています。

過去をネタにして終わらせるのではなく、失敗した人間がその後どう生きるかを見せることに重きを置いているのが、今の兼近大樹さんです。
壮絶な生い立ちの暗い部分さえも、誰かの道しるべに変えようとしている、そのスタンス自体が彼らしさになっているように思います。

EXIT結成までの紆余曲折

中学を出てからずっと、兼近さんは家計を支えるために働きづめの毎日を送ってきました。野球の道も、定時制高校での勉強もあきらめ、「まずは家族を食べさせること」が最優先だったからです。

そんな彼が、ようやく自分の夢に踏み出そうと思えたのは、妹の進学にひと区切りがついたタイミングで、「ここまで家のためにやってきたんだから、次は自分の番だ」と考え、芸人になるための上京を決意したそうです。

東京で味わった最初の挫折

ライブに出てはバイトに戻る、そんな生活を繰り返しながら、相方を見つけて最初のコンビを組みます。しかし、そのコンビは思うように結果が出ず、やがて解散。
向いていないのかもしれないと悩みながらも、お笑いだけは手放さず、ピンで活動したり、新たな相方を探したりと、細々と続けていきました。

りんたろー。との出会いとEXIT結成

その流れの中で出会ったのが、のちに相方となるりんたろー。さんです。もともと別のコンビで活動していた先輩で、お互いに遠回りをしてきた者同士でした。

出典元:EXITCharannel

事務所の提案もあって一度組んでみようという流れになり、試すような形でスタートしたのがEXITです。
そこでたどり着いたスタイルが、今のチャラ男キャラを前面に出したネオ渋谷系漫才でした。

まとめ

兼近大樹さんの生い立ちは壮絶なものだったことが分かりました。兼近さんの逆転劇には、多くの人が驚きました。彼は過去の自分を恥じることなく、笑顔で前を向いています。彼の芸人としての才能はもちろん、兼近大樹さんが母親に贈ったプレゼントなど、人間としての強さや優しさも魅力的です。兼近さんは引退するつもりはないと言っていますが、今後も彼の活躍を応援していきたいですね。引き続きフワちゃん 本名も一緒にどうぞ。

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