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山本草太の怪我の現在は?長期休養の原因や理由&骨折から復帰したのはいつ?

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2017-2018年シーズンに大きな怪我から復帰したフィギュアスケーターの山本草太選手。

高橋大輔選手が2017年全日本選手権での山本草太選手の演技に心を動かされ現役復帰を決めたと言われています。

今回は、山本草太選手のプロフィールやなぜ長期休養となったかの理由や期間、怪我について、また感動の復帰演技について解説したいと思います。

山本草太選手のプロフィールや長期休養の理由は?

プロフィール

本名:山本 草太(やまもと・そうた)

生年月日:2000年1月10日生まれ

出身地:大阪府岸和田市

所属:中京大学

身長:172cm

 

5歳の時にトリノオリピックを見て「金メダルがほしい!」とスケートを始めた山本草太選手。

ジュニア時代には世界ジュニア選手権、ジュニアグランプリシリーズで表彰台に上がるなど活躍しました。

2015-2016シーズンにはユースオリンピック、全日本選手権優勝を果たしています。

 

その後の世界ジュニア選手権での活躍も期待されたのですが、直前の移動日当日の練習中に右足首を骨折、出場を辞退せざるを得なくなりました。

2016-2017シーズンはシニアへ転向するため、怪我を早く治し、練習に復帰します。

アイスショーへも出演し、順調に回復していた矢先、今度は右足内側のくるぶしを疲労骨折してしまったのです。

怪我をした箇所にボルトを入れる手術を行い、西日本選手権で復帰予定だったのですが、また直前に同じ箇所を怪我してしまいました。

このシーズンは結局全休、山本草太選手をリンクの上で見ることはありませんでした。

山本草太が骨折から復帰したのはいつ?

山本草太選手がリンクに戻ってきたのは2017年9月末の中部選手権です。

しかし、復帰は万全の状態に戻っていたわけではなかったそうです。

その時の状況を

「全然練習もできていなくて、気持ちもまだあんまりよくなくて。

ジャンプがシングルジャンプで、もうほんとに出るのが恥ずかしいって思って。

出たくなかったんですけど、そのときは」

と振り返っています。

ただ、ファンは大きな歓声で山本草太選手をリンクに迎えてくれました。

11月の西日本選手権では大会2週間前に跳べるようになった2種類の3回転ジャンプを跳び、成功。

12月に行われる全日本選手権への進出を決めました。

迎えた全日本選手権で山本草太選手はショートで8位につけ、フリーでは演技中にジャンプの難易度を上げます。

さらにスピン、ステップでは、すべてレベル4を獲得したのです。

演技が終わる前から観客は総立ち、スタンディングオベーションで山本草太選手の演技を称えました。

元々人気のあった選手ですから、怪我のことも皆知っていてファンもずっと心配し、この復帰を待ち望んでいました。

ここまで来るのにどんな大変だったのか、どんな気持ちでこの大会に臨んでいるのかを演技で感じることができたからこそ感動したのだと思います。

山本草太の復活はあるのか?

山本草太選手のジュニア時代の成績を見れば、次世代のエースとして期待されていたことが分かると思います。

順風満帆だったスケート人生に怪我が影響したのは言うまでもないのですが、その経験があったからこそ今の山本草太選手があるのです。

2018-2019年シーズンは、チャレンジャーシリーズアジアフィギュア杯から始動、フリーでは、怪我からの復帰後初めてトリプルアクセルを成功しました。

この大会はショート6位からフリーで逆転、3シーズン振りに優勝を飾りました。

続くフィンランディア杯では9位となるも、ショートではトリプルアクセルも決め、次に繋がる演技を見せてくれました。

グランプリシリーズNHK杯に向け順調に仕上がっていると言っていいのではないでしょうか。

30歳くらいまで現役の選手を続けたいと語る山本草太選手。

遠回りしましたが、きっとそれも良かったと思える競技人生を送れるのではないかと思っています。

現に、怪我の功名というのか、スケーティングが綺麗になり、ステップやスピンも以前よりとても良くなっています。

「オリンピックに出たい」という子供の頃からの夢を諦めずにスケートを続けてほしいと思います。

山本草太にとって羽生結弦、宇野昌磨はどんな存在?

山本草太選手にとって、以前から羽生結弦選手は憧れの選手であり、目標としている選手と公言してきました。

先日、ある番組で「目標にしている選手とか、憧れの選手とかいるの?」と聞かれ、

「ま、ちょっと前から羽生選手って言っているので、一応目標の選手には入ります」

と答えていました。

その答えにちょっと違和感を感じたのは自分だけでしょうか?

誰よりも羽生結弦選手が大好きで、同じ大会に出て対等に戦えるようになる事を目標にしていたはずなのに。

「一応目標の選手」だなんて、山本草太選手の羽生結弦愛は薄れてしまったのかと少し残念に感じました。

しかし、もしかすると、今の山本草太選手にとって目標とするには手の届かないところへ行ってしまったと思っているのかもしれません。

今の自分が目標と言ってしまっていいのだろうかと。

だって、羽生結弦選手はオリンピックを2連覇し、国民栄誉賞を受賞してしまっているのです。

勝手な想像でしかありませんが、今でもきっと山本草太選手にとって羽生結弦選手は憧れの選手であることは間違いないと思っています。

現に8月に長野で行われたアイスショーで競演、その時のことをフィギュアスケート専門誌のインタビューで次のように話しています。

 

羽生君が練習で滑っていると聞いてダッシュで観に行きました(笑)

-交流する時間はありましたか?-

「更衣室で何回か話す機会があって『リハビリ大変だけど負けずに頑張って』と言ってもらえました」

-一緒に写真は撮れましたか?-

撮れなかったです(笑)でも一緒にエキシビションに出られてという事実がしっかりありますし、この目で何回も練習を見られたので、それだけで充分です。

 

やっぱり、山本草太選手にとって羽生結弦選手は特別な人なのですね。

いろいろなことに気を使ってトーンダウンしているのであれば、それをファンは望んではいないと思います。

山本草太選手には1番の羽生結弦オタでいてほしいと思っています。

また、宇野昌磨選手と山本草太選手はジュニア時代に同じ大会に出ることが多かったライバルです。

年齢は宇野昌磨選手が2つ年上ですが、当時山本草太選手が跳べなかった4回転も、確率の悪かったトリプルアクセルも跳べていたため、自分も跳べるようにならないとと思ったそうです。

いい目標として追いかけ続けた結果、ジュニアで良い結果を出せたと思っているとのことです。

当時、羽生結弦選手に続く選手として宇野昌磨選手と山本草太選手は常に名前を挙げられていました。

宇野昌磨選手は、山本草太選手が目標とするオリンピック出場を果たし、山本草太選手はこれからその夢を叶えるために追いかけ続けます。

次の北京オリンピックではきっと一緒に日本代表として表彰台に一緒に上がってくれると信じています。

まとめ

普段フィギュアスケートを見ない方には山本草太という選手の名前をご存知なかったかもしれません。

今回、ここで紹介したのは、これからきっと名前を耳にすることが多くなる選手だと思うからです。

このまま怪我をせず無事にスケートを続けられれば、山本草太選手は必ず世界で活躍できる選手なのです。

羽生結弦選手が引退したあとに日本の男子フィギュア界を牽引していかなければいけない選手であることは間違いありません。

これから北京オリンピックまで、山本草太選手が怪我なく無事に競技生活を送れるよう応援していきたいと思っています。